ムラオ1 | ha-gakure

ムラオ1

2007.06.26


「何見とんじゃ ワレ 。あん?さっき見とったじゃろうが、お前何中じゃ?ええ気ぃになんなよ コラ!
何じゃ お前は。お前はこいつの連れか? 何んか文句あるんか!おっ?やるんか? やんのか!!
ちょい裏来いや!!」
リハーサルはバッチリである。
明日の入学式にテンションのピークを持って来れたあたり無駄に苛め抜かれた中学三年間を送ってはいなかったと褒めるべきか。
湯舟の中でヒートアップし過ぎたせいか、少々ノボセ気味のムラオはザブーン、ザブザ、ザブーングルと湯舟から出ると頭から水を被った。
「フゥヒィ」
と、自分でもキショイと認識できる程度の吐息を吐き出した事が彼を益々興奮させてしまった。
脱衣場に出ると鏡の前に立ち、未だ見ぬライバル達を鏡の向こうに思い描きムラオは戦った。
既にそこは喧嘩番長ムラオの一人舞台であった。
「おんどりゃ〜!!」と叫び、
「ビジュ!シュ!ドカッ!オリャー!!」 ムラオの拳が唸る。
ムラオの回し蹴りが炸裂。怒声と奇声が飛び交う校庭、逃げ惑うライバル達、イカしたヤンキー娘の熱い眼差しを肩越しに
「お前らには、せめて花を」
と言い残し血みどろの校庭を後にするところで母親がドアをノックした。
「大丈夫か あんた、、どうかしたか?」
「うっさいわ!!早よーどっか行けーや!!」
ムラオが極限状態の苛めにあっていた事を知る者は家族にいない。
だから家でのムラオは過剰に強く振る舞ってきた。
一度苛めっ子がムラオの家に遊びに来たことがあった。
まぁ勿論、遊びに来たなんて可愛いもんじゃなく窃盗をしに来たのが正直な所で、現に母親の財布から現生を抜き取り、書斎からは父親自慢のステレオを盗み、ムラオの部屋からは漫画やCD、ゲームソフトなどを掻っ払い、ブックオフに売られた。
母親と父親の物に関しては自分が盗んだと言い張った。自分はグレてしまったのだ、と。もう後には引けない程に不良なのだ、と。だから今後もこういう現状に家族が陥ると思うが、これも世相を反映した核家族の現風景なのだ、と。今後とも夜露歯駆と。
自分の物品については、昔、郵便局で貰った貯金魚の貯金箱を叩
き割り、翌日には大半の物をブックオフで買い戻した。それ以来、ムラオは家の中では不良中学生を演じ続けた。
これは相当に切ない作業であった。
学校で毎日のようにカツアゲに会うが、その度に母親の財布から要求額分を抜き取った。
母親はそんな不良息子を怖がって何も言わなかった。
父親も同じだった。
ムラオはそれがとても悲しかったので、家の中でのヤンキーぶりは益々エスカレートしていった。というより、家の中では本物のヤンキーになっていった。in door ヤンキーだった。
そうは言ってもムラオは家族を愛していた。
だから高校に入ったらout doorの本物のヤンキーになって同級生達からカツアゲして、母親の財布に少しずつ返して行こうと強く心に決めていた。
ボコボコに殴られアザを作って帰る度に、涙を拭いて、深呼吸して、気持ちを入れ替えてから
「チクショーあの野郎、次は生かしておかねえ!
 ブッ殺したる!!」
と吠えながら家の玄関を開けたものである。
鼻血に染まるワイシャツ、玄関に入るなり雄叫びを上げるムラオ、 両親はそんなムラオを天下一のワルと信じていたし、また、そんなムラオの素行を日々痛々しい程に案じていた。
ムラオはそれがまた悲しかった。
さて、我に返り見つめる鏡。
そこに映るムラオの貧相な裸体。
これじゃ口喧嘩では何とかデビューできても、本物の喧嘩ではコテンパンだ、と思ったムラオは部屋に入るなり筋トレを始めてみた。が、しかし明日にヤンキーデビュー戦を控え、間に合うはず
もない。ムラオは考えた。考えに考えた挙句、知らぬ間に眠ってしまった。
そして運命の朝を迎える。