ムラオ<舞鶴編1> | ha-gakure

ムラオ<舞鶴編1>

2007.07.11


バイト先でムラサキから桃の行商の話を貰ってから随分、時が経った。
その間、親戚の坊さんやってるおっさんが信号待ちでカマ掘られて
むち打ちになったり色々ある中で、ムラサキの話も忘れかけていた、そんな或る日、ムラサキからメールが来た。
<今、舞鶴にいます。明日来れる?>
もういきなり過ぎて返って迷惑なのだが、大金が入ればギターも買える。
ムラオは明日、舞鶴に行くつもりな気持ちでメールを返した。
<<明日舞鶴行きます。それで舞鶴のどこ??>>
1時間後に返信があった。
<よろしく。じゃ明日の昼頃、JR舞鶴駅前で>
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次の日、リュックを背負い、ビーサンに短パン、という夏少年丸出しのイナたい格好でムラオは電車に乗って舞鶴に向かった。
風景が流れ、駅を通過する度に風の匂いが変わってゆく。
乗客はどんどん入れ替わり、どんどん減っていく。
ムラオに話掛けてくる人もいれば、黙ってる人もいる。
ムラオは持参して来た佐藤春夫の小説を読んでいる内に眠ってしまった。
強い日差しが額を焼く、目を開けると広大な日本海が広がっていた。
「起こそうかと思ったんじゃけどな」
隣に座っていたおばあさんが言った。
「ここらが一番奇麗な景色なんよ。坊やは一人かい?」
「あ、はい」
「夏休じゃからなぁ。どこまで?」
「舞鶴です」
「わしと同じじゃの。親戚でもあるんか?」
「あ、はい。。」
全部話すと面倒だと思い親戚の家があることにしといた。
舞鶴に親戚の家があるという前提で架空の話をおばあさんとしている内に列車は舞鶴に着いた。
おばあさんに別れを告げ、ムラオはムラサキの携帯に電話を掛けた。
「着いたか、ごくろうさん。駅前の噴水の横に汚いトラックが止まってるわ」
ムラオがそこに行くと明らかに桃を積んでる汚いトラックが一台止まっていた。
ムラオが助手席から覗くとムラサキが携帯で誰かと話していた。
ムラサキはムラオに気付くと携帯を切って「おつかれ〜」と微笑んで言った。
ムラサキは桃の果汁だろうか、そういう点々を至る所に付けたランニングに短パン、ビーサンというムラオと似たような格好で真っ黒に日焼けていた。
ムラオは助手席に散乱した伝票やら弁当箱やら桃の残骸などを適当に寄せ、何とか自分が座るスペースを確保するとトラックに乗り込んだ。
桃の腐ったような匂いがムラオの鼻を突いた。
「なぁ、桃、腐ってない?」
ムラオが聞くと、ムラサキは気怠そうに運転しながら言った。
「この糞暑さじゃ、腐るんは当たり前や!ほいじゃけぇお前を雇って早い内に売ってしまわんとな。がんばってくれよ へへへ」
ムラサキはポケットからショートホープを取り出し溜め息と共に太い煙を出した。
「ねぇ、もう随分売れた?いつからやってるん?」
ラジオでは高校野球の実況が流れていた。
「もう半月じゃ。だいぶん売れたで」
「まだまだ桃、あるね」
「もう1週間もあれば全部売れるじゃろ」
「ずっと舞鶴?」
「いや、昨日の晩からじゃ」
「それまでは?」
「岡山から出発して、広島、山口。売り切ってまた岡山で桃積んで、案外捌けたけん欲張って積んだら、その後、なかなか売れんでなぁ。島根、鳥取、そんで舞鶴や」
「このあと何処に売りに行くん?」
「あ?舞鶴の後か?」
「うん」
「いや、ここで全部売るで」
「ほんま?全然人とかおらんじゃん!」
「大丈夫や へへへ」
車内は桃と汗の匂いが混じって辛かったが、市内から海沿いの道に出ると、景色と潮風のせいか、ムラオは少しずつ今日から始まる未知の世界への好奇心を感じる余裕も出て来た。
「ねぇ。エアコンとかないん?」
「アホか笑 見たらわかるじゃろ」
散らかった車内、タバコが溢れ返った灰皿、汚れたフロントガラス、いかにも古い型のトラック。テープデッキさえ付いてなかった。
「毎日、ここで寝てたん?」
「夜は結構涼しいで。暑かったら海でも入ったらええで」
裏日本と呼ばれるこの独特の海岸線はムラオの想像を越えて詩的な情景だった。
チラホラと海水浴客の姿もあるが、夏休みも終わり掛けということもあって何とも寂しい印象であったがムラオの嫌いな風景ではかった。
「よっしゃ 着いたで」
と言ってトラックが止まった場所は何の変哲もないダダ広い国道脇の退避スペースで、無人の販売所と自販機があるだけの場所だった。退避スペースは結構広くて車なら優に5、6台置けるくらいの余裕はあった。その奥にはアワダチ草が覆い茂っていてその後ろの断崖の真下からは、もう日本海が広がっていた。
日本海を望むポイントなんだろう、公衆トイレもあり、様々な看板も無造作に立ててあった。
道路を挟んで向こう側は小さな漁師町になっていて、民宿の看板も幾つか見えた。
一通り辺りを見回した後、ムラオがムラサキの姿を探すと、彼は
荷台の上に乗って下の方の桃を取り出して一口食べては海に放り投げていた。
「何しとるん??」
「あ?」
ムラサキは桃を放り投げながら言った。
「下の方から腐っていきよるけえの。こうやって捨てよるんじゃ
。おい、ムラオお前も手伝えやい」
ムラオは荷台一面に置いてある桃の木箱を何とか避けて荷台に上がった。
ビーサンが荷台に沁み出した桃の果汁で滑る。
「ムラサキ。これ?こういうのが駄目なん?」
ムラオはそう言って下の方からいかにも痛んでる様子の桃を取り出しムラサキに見せた。
「おうよ。そういうのじゃ。早う捨てな他のも痛むんじゃ」
ムラオは勿体ないと思いながら最初に一個を海へ放り投げた。
その後は作業にも慣れ、商品価値のない、と思われる桃をドンドン海へ投げた。
やがて陽が傾き始め、
「おい」
とムラサキが言って桃を投げて来た。
「食うてみい」
そう言いながらムラサキも桃をかじっていた。
「ありがとう」
美味かった。もの凄く美味い桃だった。
「美味い!」
そう言ってムラサキを見ると彼は向かい側の小さな街並を見ていた。その横顔はどこか淋しそうだった。やがてムラオに気付くと、
「へへへ」
と面倒くさそうに笑ってまだ半分以上ある桃を海へ放り投げた。