ムラオ<舞鶴編2>
2007.07.12
日中はほとんど車も通らないこの国道も夕方から徐々に通り過ぎる車も増えて来て、その多くが面白いようにこの退避スペースに入って来て景色を見た後、桃を買っていった。
「まぁ今日は一日、わしの仕事を見とけばええわ」
海水浴客の家族連れ、若いカップル、長距離トラックの運転手、
そして陽が落ちると再び客足を遠のき、真夜中に近くになって今度は磯釣りの客がまた桃を買って行った。
時には桃の木箱1ダースを2箱、3箱と買って行く人もいて、乱雑な簡易金庫に5千円札や1万円札が無造作に投げ込まれていった。
「何か、結構よう売れるのう、、びっくりしたわ」
午前0時過ぎに来た釣り客が帰った後、ムラオが言った。
ムラサキは金庫の金を集計しながら答えた。
「明日からは頼むで」
「うん。とにかく、5個で700円で、え〜と、、そんで1ダースは1500円やったね?俺びっくりしたわ、1ダース買って行く人、結構多いんやね!」
「まぁな、コツがあるんじゃ。まぁええわ。とにかく売れるように自分でよう考えてな」
そういうとムラサキはトイレの水道で顔と首を洗い、拭きながら運転席に入り、新聞紙を顔の上に乗せて眠った。
ムラオも助手席を倒し、目を閉じてみたがなかなか寝付かれなかった。その傍らでムラサキが小さな寝息を立てて眠っていた。
遠くの方でゆるやかな細波が鳴り、時折、通るトラックの音がそれを打ち消した。トラックが去ると、さっきより更に深い静寂が訪れた。薄目を開けるとフロントガラスの向こうはプラネタリウムのように星が散乱し吸い込まれそうになる。
ムラオは少し何かを思い出しそうになって微睡みの中で糸口を探っていたが、やがて深い眠りに堕ちた。
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「はい!いらっしゃい!」
ムラサキの大きな声で目が覚め、助手席の窓から顔を出し様子を伺うと、数人の男女が既に桃を買いに来ていた。
ムラオが時計を見ると8時前だった。
ムラオはお客に
「いらっしゃいませ」
と言うとトイレを済ませ、水道で顔を洗ってムラサキの所に走って行った。
「ごめん、、寝坊した。。」
お客を送り出してからムラサキは言った。
「ええで。よく眠れたか?へへへ」
「うん」
「ほんなら後頼むで〜」
と言うとムラサキはまた運転席に入り新聞紙を顔に掛けて眠ってしまった。
ムラオは仕方なくトラックの荷台の辺りに立って、車が通る度に
頭を下げていたが、だんだんアホらしくなってきたので座りこんだ。時計を見るとまだ10時前だった。
だんだんと陽が高くなってくるにつれ、頭がクラクラして来たのでムラオは荷台の裏側が日陰になってるので、そちらに移動して
持ってきた小説を助手席のリュックから取り出し、数ページ読んだが、この暑さではどうにも思考が鈍り、読解力もグタグタだったので小説をもとに戻し、ぬるくなったペットボトルのお茶を飲み干した。
車内の温度はグングン上昇している。
それなのに、ムラサキは良くこんな所で眠れるなぁ、と尊敬と軽蔑の入り交じった不思議な思いで見つめた。
「ねぇ、、ねぇ、、ムラサキくん。。」
ムラサキを揺らすが一向に目を覚ます様子もなかった。
と、そこへ一台に車が入ってきた。
「あ!いらっしゃい!」
そのボルボはトラックに横付けして運転席のウインドが降りた。
「2個ちょうだい」
ポロシャツを粋に着こなした中年男が言った。
助手席には厚化粧の女が乗っていた。
車内の涼しいエアコンの風がムラオのほほを撫でた。
「あ、、え?2個ですか??」
「ああ」
ムラサキから単品で売るのは駄目、うまいこと言うて5個から買わせろって言われていたのでムラオは迷った。
「あ、、あの〜2個より5個の方がお得なんです」
男は面倒くさいと言うような表情になって
「ええから!2個。5個も食えるかい」
「で、、でも」
「何や2個じゃ売れん言うんか?」
「いや、、そういう訳では、、ないです。、」
そこへ助手席の女が身を乗り出すようにしてムラオの顔を覗き込み言った。
「高校生?」
「はい」
「バイト?」
「はい」
そう言うと女はタバコに火をつけ男に言った。
「いいじゃん5個で。この子の稼ぎになるんでしょ笑
がんばってるんやし、ね?ぼく」
女がそう言うと男はダラしない表情になって、いかにも仕方ないなぁ〜というようなトーンで
「お前、俺の女に感謝せえよ!しゃーないほんなら5個貰うわ。
なんぼや?」
「ありがとうございます、、700円です」
「なんや以外と安いやんけ。ここな書いといた方がええで、値段。700円なら最初から買うやんけ。阪神高速と同じ値段かい。ほんなら釣り頂戴」
ムラオは助手席の金庫から300円を取り、客に渡した。
車が去って行くのを見ながらムラオは、あんな大人にはなりたくない、と強く思うのだった。